一千世界詩記

札幌市の占い師。佐渡ヶ島で鎌倉時代から続く神仏の家系をルーツに持つ。

実はブログがふたつあるのです

私には占い師になった頃から始めたブログがあります。

 

sizu.me

 

このブログを更新できないときは、しずかなインターネットの日記を書いています。はてなブログも好きなのですが、向こうの静けさも捨て難く…。

 

このブログに少しずつ軸足を移すつもりですが、向こうもたまに更新します。

 

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今夜は月が綺麗でした。

西洋占星術をやっていることもあり、見かけるとついつい撮ってしまいます。その割には上手く撮れてないけど。

 

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投稿するときはせっかくだから、写真や画像上げたいよね。

 

占いのカードだと著作権が気になるものが多いので、なるべく自分で用意したものを使いたくて今色々考えています。

 

しばらくの間、Instagramも非公開にしていましたがそろそろ再開しようかな。先月から続いていた忙しさも落ち着いてきたので。

 

写真や画像メインのSNSは、何を投稿すればいいか悩んでいるうちに時間が過ぎて行く…。

我慢しないこと、覚悟を決めること

しばらくブログを書く時間が取れませんでした。

 

ここ数日間は身内とのやり取りに追われていて、気分転換に近所のラーメン屋さんに行ったり、それ以外は家にこもって過ごしていました。

 

その身内というのが…ね、昔からなかなか難しい相手で。

 

今回はかなり広範囲に渡って影響があったせいで収めるのに苦労したけど、私一人が苦労せずに済む方向に進めることができました。思い切って人の手を借りることができたので一安心かな。

 

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人間関係や仕事でも、我慢しすぎるのは良くないと思っています。

 

占いのお客さんだと、今の環境は嫌だけど我慢しているという人が結構多いです。

 

恋愛だと、付き合っている人がいるけど嫌なことばかりされる、別れるほうがいいのは分かっているけど好きだから離れられないとか、次にいい人が現れるか保証はないので我慢しているという相談。

 

今の仕事や職場は好きではないけど、辞める勇気はない、とか。古い友人と価値観合わなくなってきたけどどうしようとか。

 

私も数年前まで人に依存されて、本当は嫌なのに従ってしまうほうだったけど、数年前に病気でほぼ寝たきりの生活になってから他人の本性が見えるようになってしまいました。

 

なんでこの人たちと一緒にいたんだろう、と今となっては思う笑

 

***

 

占い師になる時には『もう人の言いなりにはならない』と決めました。

 

覚悟を決めないと長く続けられない職業だと分かっていたからです。

 

それから二年近く経ちますが、その意志は間違っていなかったなと思います。まあ〜色んなことがありますからね!笑

 

佐渡ヶ島の先祖は、今から数百年前に命がけで意志を貫き通した人たちです。

 

深く知るたびに、自分にも似たような部分もあるけど、同じ時代に生まれていたら同じ選択ができたのかなあ、なんて想像してみたりして。

 

私は身内に対して昔からいい思い出ばかりではなく、父方の祖母以外の人たちには誤解されて育った経緯もあるけど、佐渡ヶ島の先祖はずっと心に近い存在だと感じて生きています。

 

こうやってブログやプロフィールに書いたりするのも、きっと味方でいてくれるだろうなと思っているからです。

 

絶対間違ったことはできない、というのもあったりして実はちょっと怖い(´・ω・`)

 

 

占いに軸足を移すことに決めた

ノートパソコンを買いました。

 

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パソコンから初めての投稿なのですが、書きやすさが全然違うじゃないか。

今までスマホの小さな画面からポチポチ打っていたのに何だったんだろう。

 

 

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先日、占い一本で収入を得ることにこだわるべきか、という内容のブログを投稿しました。

 

tsukiyamawords.hatenablog.com

 

 

tsukiyamawords.hatenablog.com

 

こんなことを書いておきながら、実は来年から占いやそのほかのフリーランスとしての仕事に少しずつ軸足を移すことに決めました。今まで直接関係のない仕事も色々やってきたのですが、これまでのように頑張りすぎずに済む状況になるとほぼ確定したからです。

 

それは、占い以外の仕事のおかげなんですよね。視野を広げておいて良かった。

これからもそれらの好きなことは続けつつ、少しずつ比重を変えていくつもり。占いをメインにしたら、だんだんほかの仕事もやりたくなるのが目に見えているので笑

 

病気で寝たきりの生活を経て占いを始めて、理想の働き方を目指してここ二年程もがいてきましたが、ようやく本来の目標とやりたいことに集中できそう。今後は一度諦めたことに挑戦したり、学びを深めたりする時間が増えそうです。

 

タロットと西洋占星術の勉強をまた一から始めるというのが、今一番やりたいことです。ほかにも自分にしかできないことを形にしていく時期かな。

 

とにかく挑戦したいことがたくさんある。

 

占いをやっていると、人生波があるのだなと本当に思います。

だから人と比べること自体がナンセンスで、自分のことを信じて生きて行くしかないのです。

 

執着するなら目の前の物事や人ではなく、生きることへのほうがはるかに良い。

 


www.youtube.com

 

今年聴いた中で一番印象に残った曲はYOASOBIのUNDEADの私でした。

この曲でまたブログ書こうかな。

共鳴する人たち

昨日投稿した兼業・副業占い師のブログに共感したと、数人の占い仲間から連絡をもらいました。

 

なんか…じわじわとうれしい。わざわざ連絡くれるというのも、ね。ありがたい。

 

私は元々の性格がフレンドリーなのか、社交的に見られがちなのですが、気が合うとか心を開いて話せる人といのはそう多くありません。

 

自分から誰かを誘ったりすることも普段はほとんどないし、特に異性に対して表面的に明るく接しても心の内を話せることはほとんどなかった。

 

他人を自分の思い通りにさせたい人ってどうも苦手…私の父親がそういうタイプで苦労したから、今でもそういう男性は本当に嫌(もちろん全員ではないです)。

 

そんな私でも、共鳴する相手というのはごく稀にいて、そういう人たちのことはこれからも大事にして行きたいなと思っています。

 

 

私はいくら付き合いの長い相手でも、扱いが雑だったり、最近話し合わなくなってきたな〜とか、この人おかしい方向に変わってしまったなあと感じたら距離を置くのも躊躇わない方です。

 

相手が自分のことを尊重してくれているかどうかは、距離が遠くても長い時間がかかっても伝わるんですよね。

 

例えば昔からの友達とか、家族や恋人とか、なかなか手放せない人も多いと思うけど、最終的に一緒にいてもいい結果にならない笑

 

占いを始めてからというもの、人の心の内側に妙に敏感になってしまって、言葉の裏側にある負の感情や、その人の隠したいこととか、すぐに察してしまうようになりました。

 

今は振り回されることもないですが、当初は疲弊していました。占い師として鑑定をこなすうちに慣れて行ったけど。

 

それはいいことに力を使っているから。確実に誰かの役に立っているからです。

 

最近は、純粋な気持ちで付き合ってくれる人はすぐに解るようになり、手放しまくった結果人間関係はずいぶん楽になりました。

 

たまに依存・支配的な人を見ると気の毒だなあと思うだけなので、ずいぶんタフになったなあと思います。

 

占い師になってから、それまでの人生で絶対に出会うことのなかった人たちと出会えて、本当に幸せです。

兼業占い師の方が鑑定は上手くいく、かもよ

昨日まで3連休だったようです。

私はずっと仕事をしていたので、帰りの公共交通機関が空いててラッキーと思っていたら、連休でした(´・ω・`)

 

さっきお蕎麦屋さんに行く途中、月がとても綺麗でした。上手く撮れなかったけど。

 

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* * *

 

私は普段占い以外の仕事もしていますが、私と似たような人は案外多いです。

 

占いで稼ぐということに関しては賛否両論あるとは思いますが、私は占い一本で稼ぐことに必ずしも固執しなくてもいいのではないかと考えています。

 

占いの館のお客様だと仕事に関する相談の割合は私の場合全体の4割くらいでした。

 

『いつもどの曜日にいるんですか?』とか『名刺もらってもいいですか?』とか嬉しいお言葉をかけてもらえるときは、お客様が占い師に自分のことを解ってもらえたということかなと想像しています。

 

同じことに悩んだ経験があったり、相談に関することに詳しかったり、好きなことが同じで鑑定で話が盛り上がったとか。

 

要するに共感してもらえた、ということなのですが、仕事に関する相談では占いの世界しか知らないとなるとこの辺がなかなか厳しくなってきます汗

 

特に今の若い方は非常に合理的な価値観の中で育っていますし、生活するにも苦慮するようなこの時代ですから、占いでは今後も現実的な相談が増えていく傾向にあるのではないかと思います。

 

専業占い師だから、有名だから、というのがお客様にとって信頼できるかというと必ずしもそうではないかな…と。

 

私は普段、占いの仕事のことを周りの人に話すようにしていますが、好感触を得られることが多いです。みんな優しいね。

 

他の仕事では、この人占い師さんなんだよ〜と人に紹介されて声をかけてもらえることもあるし(ちょっと恥ずかしいけど)、そこで得たものが占いに役立つことも多いです。

 

占い師は基本的にフリーランスなので、特にオンラインの鑑定や個人鑑定も容易な今は、なんでも自分でできた方が有利だし。

 

私のことで言えば、最近までいた職場はIT企業だったので(ここで占いやスピリチュアルな話をしているのに真逆な会社で笑っちゃうけど)、専門用語が飛び交う環境でパソコンスキルレベルMAXの人たちに囲まれた結果、短い期間で業務に問題ない程度まで習得しました笑

 

徐々にフリーランスの仕事量を増やして行きたい私にはありがたい環境でした。この先占い師もITスキル向上は避けられないしね。

 

先ほど触れたように、お客様と同じ仕事の経験があれば心を開いてもらいやすく鑑定も深くなって行くので、視野を広げるためにもいいと思います。

 

なんと言っても、ひとつの物事に執着し続けることが良くないもの。

 

世間知らずでもだめだし、心に余裕がなくなってしまうと鑑定するのが苦しいだけになってしまう。それだけは絶対嫌なんですよ私。

 

あと働くこと自体が好きだから、他の仕事もぼちぼち続けて行くのではないかな、と。気分転換にもなるしね。

 

私もいつかこうできたらいいな、という目標があるので、それまでは占い以外の仕事を続けながら少しずつ歩みを進めて行けたらと思っています。

 

個人鑑定の準備も早めに実現しないと!

兼業では時間の使い方も課題かなあ。

浄化がどうのと言うけれど

私は自分に合う方法をやればいいじゃん、と思う方です。

 

だって人間だから、どんなものが好きか、なにが身体に合うか、どんな方法で心が休まるかって本来人それぞれのはずなのですよね。

 

一番大切なのは心だと思います。自分に合わないものなら無理してやらない方がいいし、億劫になるくらいなら本末転倒ですから。

 

占いのカードにも浄化のやり方は色々ありますが、自分が大切にしたいと思う気持ちこそ一番大事ですからね。

 

自分の方法で、心をこめればいいんじゃないかな?

 

 

私はいくつかあるなあ。

休みの日に家でのんびりしながら好きな音楽聴くとか、ゆっくり読書するとか、お茶を飲むとか、自然に触れるとか、心の中で祈るとか。

 

人生でほぼ毎日欠かしたことがないのが入浴! ドラえもんのしずかちゃんみたいに趣味と言えるかもしれません。

 

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バスクリンから出ているきき湯ファインヒート、ドラッグストアでなんとなく手に取ってみたけど、これは衝撃でした。

 

気持ちよすぎて湯船に浸かりながらうとうとしてしまう。忙しくてくたくたでも次の日に全然疲れが残らない。

 

朝起きて、なんか今日身体が軽いな? と感じると、前日の夜にきき湯ファインヒートを使ったからだと思い出すほど笑

 

検索して調べてみるとやっぱり評判いいみたいです。私は今度箱買いするのを決めました笑

 

みんな自分だけの心と身体、大事にしてほしい。

初めて能を観に行った話

ルーツの佐渡ヶ島について調べているうちに、私の家系が能と関わりが深いことを知りました。

 

というわけで昨日、札幌市教育文化会館まで能と狂言を観に行きました。

教文能という催しらしい。

 

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ここには子どもの頃からよく来ているけど、伝統芸能を観に来るのは初めてでした。

 

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観る前に勉強しようと本も手元にあったのですが、もしかしたら予備知識がない方が楽しめるのではと思い立ち、あえて予習なし。

 

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開演前に後ろの席の方々が佐渡の話をしていて一人で聞き耳を立ててしまう笑

 

佐渡の能はYouTubeで見たことあるし、テレビでやっていたのがたまたま目に入ったことはあっても、通しで味わうのも今回が初めて。

 

 

狂言は台詞を除けば演劇を観るのとあまり変わらないのですが、能が始まってからはなにかものすごいことが目の前で起きているような気がして…。

 

まず最初に、どこに重点を置いて観ればいいのか解らず困惑。

 

というのも立方(演者さん)の方々、動作もゆっくりだしほとんど動かない。

台詞も何を言っているのかほとんど聴き取れない。

 

途中、立方のみなさんがほぼ微動だにしない中、囃子方が十数分間(はあったと思う)伴奏でひたすら煽る時間帯がありまして、これは一体何が起こっているんだろう…と頭の中がはてなマークで埋め尽くされたあと、しばらくしてようやく舞が始まりました。

 

『ああそういうことか、これはオペラなんだな。観客全体巻き込んだ全員参加型の』

と、自分なりに解釈してやっと頭がついていけるように笑

 

 

観客も能の知識があることが前提の上、五感を総動員して臨場感を堪能するというすごい空間でした。

 

伝統芸能に親しんでいる人達がすごいと思うのは、基本的に知識と教養がないと楽しめないところ。能はその中でも最上位の気がする…。

 

先程の伴奏で煽りまくりの十数分で言うと、完全に観客を置いてきぼりにしているのではなく、その世界観に誘い込んでいる風に見えました。

 

狂言との違いやテンションの落差にも驚いたけど、例えば宝塚歌劇でも二部構成で前半がミュージカル、後半が歌とダンスのショーという舞台もあるし、まったく趣の異なるものを一度で味わうのってちょっと贅沢な感じですね。

 

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私は占い師だから、目に見えるものや世の中の価値があるとされるものにあまり関心がないというか、逆に惑わされないように価値を置かないようにしているけれど、能や狂言にも似たような部分がある気がします。

 

占いも、占い師と相談者の双方の直感と想像力が合致しないと鑑定が成り立たないと私は考えています。

 

能は、演者と観客でその場の臨場感を共有し、解釈を観ている者の想像力に託しているように思います。それは信頼があってこそ成立するもので、目には見えないコミュニケーションだと感じました。

 

佐渡にルーツがある者としては、それを体感できたことがうれしかったし、自分の生きている延長線上にあるものだと確信しました。

 

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いつか佐渡の、縁の場所で能を観てみたい。

佐渡は普段本業を持っている人達が舞台に立っているらしく、その様子も思い浮かべるとわくわくします。